大力少年と大力僧
[大力少年]
菅谷の「不動院」
水戸藩の重臣宇都宮弥三郎は、大力であったという。15歳の頃、菅谷の不動院に来たとき鐘楼に登って釣鐘を外そうとした。
見ていた住職は「これ小僧危ないぞ」と注意したが、力自慢の弥三郎は知らぬふりをして軽々と引き降ろしてしまった。
「強いな」と住職は感心した。
「元通りにかけておけ」と言ったが、外したのを掛けるのは難しく、鐘の掛輪が天井のカギにうまくはまらない。住職は笑って鐘を受け取り、苦もなく掛けてしまった。
弥三郎は「和尚もつよいな」といって笑った。その鐘は四人の男がやっと動かせる重さだったという。
[大力僧]
菅谷の「不動院」
昔、菅谷の武田山不動院に、慈悲に厚く大力の僧がいた。村人たちは弁慶の再来とうわさをしていた。
ある時、寺の境内の大桜を切り倒したが、三十人の男が力を合わせれやっと動かせるこの桜の木を「よいしょ」と一声気合をかけて、肩にかついで運んだという。
翌日僧の肩に大きなコブができたが、小僧に命じて掛け合いで強く叩かせたら、
たちまちコブはなくなったので、平気でそのまま村の葬式に出かけて行ったとさ。