幸久大橋周辺と額田神社(額田)
平成9年4月に自然や歴史にあふれた景色として選定された「那珂八景」のひとつである。
久慈川にかかる国道349号の幸久大橋(平成10年3月8日開通)周辺は、四季折々の自然豊かな川辺の風景が楽しめる。
近くの額田神社は、平安時代中期 康平6年(1063年)の創立といわれる。
参道の杉並木の落ち着きのあるたたずまいが、訪れる人たちを魅了する。
(茨城新聞 1997年4月8日号より 転載)
幸久大橋
幸久大橋(那珂町−常陸太田間)は久慈川にかかる橋で、県北地区からの那珂町への玄関口である。
従来の幸久橋に平行してかけられ、関東でも屈指の長さを誇る橋であり、全長1166mは県内でも2番目の長さであり、平成10年3月8日に開通した。
夜になると、外灯が灯るが、これが面白い。那珂町側は黄色のひまわり(町花)をかたどっており、常陸太田側は、紫のぶどう(特産の巨峰)をかたどっている。また、なぜか那珂町側のガードフェンスは、常陸太田側より高い。
従来の幸久橋には、橋の名前の由来となった万葉集の歌碑がある。
これは、約1200年前の孝謙天皇時代に粟原から応召した若い防人の丸子部佐壮(まろこべのさお)の詠んだ歌を刻んだものである。
「久慈川は幸く在り待て、潮船に真かじしじ貫き吾は帰り来む」
額田鹿島八幡神社
康平六年(1063年)創立といわれ、鹿島宮と八幡宮を奉祀、
鹿島宮は人皇51代平城天皇の御宇大同元酉戌年(806年)に御神武甕槌命を奉納後、佐竹昌義神殿を造営した。
境内には厄病除けの神、学問の神、中風除けの神など、大小23の未社がある。
このため、大きな鳥居をくぐると、あちこちに小さな木製の鳥居に小さな神殿を見かける。
毎年行われる額田祭りは優美華麗な彫刻でかざられた屋台がならび豪華である。
毘廬遮那寺
真言宗の寺院であり、境内には十三層塔、子育地蔵菩薩、弘法大師像などがある。
宝物として県指定文化財の紙本墨大般若を所蔵している。これは、五百六十九帖からなる。
檀那は、額田城主小野崎善通外50人である。筆者は額田南郷森戸の蓮蔵院の仕増理順房海など30人である。
額田城跡
戦国時代の建長年間(1249〜55)に築城された佐竹氏の居城である。かっては、溜池、水田、谷地に囲まれた島状台地にあり
、南北約840m、東西約1140mの規模をほこっていたが、今は城跡の姿を消しつつある。
何の標識もないので、額田小の先の店屋に聞いた。何とか車一台が通れる道を過ぎると田んぼと人家がある。
少し行くと柵で囲まれたごみ捨て場があった。そこに、引き抜かれた「額田城跡」と書かれた白い杭が括り付けられていた。余りにひどい状態に唖然とした。なんとかならないものか。
in Sanda's homepage